インサーキットテスタより愛を込めて
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なにが聞こえる?


無機質ですさまじい轟音が常時鳴り響く、その中心に兄は居た。
俺はその中に入ることはずっと許されておらず、いつもガラス越しに立ってじっと見ているだけだった。防音ガラスは意味をなさないほど中の動力騒音が毎日煩く、その音にかき消される声は兄には届かない。通りかかる度に見ていた。毎日見ていた。
歳が10を越えたある日、メインセキュリティのパルスも新しく管理しろとかで始めてその中に入った。

防音ガラスを隔てない騒音は地響きを感じるほど凄まじく、何かを説明する研究員の声を上手く消してくれた。マザーコンピュータを見上げる振りをして兄を探した。居た。中枢の中心、マザーコンピュータの大きな発光灯の上に長くて太いコードが繋がった、兄。無数のコードのなかで、目を閉じて発光ランプを浴びる兄は無機質にも見えて荘厳にも見えた。


「そこから何が聞こえる?」


呟く声が、この響く騒音の中眠ったような兄に聞こえるとは思わなかった。だけど、兄の瞼はゆっくりと開き、始めて見る赤い瞳に確かに自分を映した。
「ずっと聞こえているよ。」
低く澄んだ声が、騒音を割って真っ直ぐ自分の耳に届いた。
「何度も答えてあげたかった。
あのガラス越しで、お前の声は確かに届いてていたよ。」
騒音が止んだ気がした。
真っ直ぐに届いた言葉は、始めて見る兄の穏やかな微笑みとともに自分の中で波紋のように広がった。
頬を伝う涙が、もう驚くほどとめどなく溢れかえって止まらないのに瞬きすることも惜しい。一秒でも長く、優しい兄の姿を映していたかった。会話出来ることはこれが最後かもしれない。聞きたいことも言いたいこともあったはずなのに、もう満足すぎるほどだ。目一杯に溢れる涙を見ながら、兄は直も微笑む。ゆっくりと口が開いた。
「名前を」
一瞬何のことか判らず、しぱしぱと目を瞬かせた。それが自分の名称を聞かれているのだと判ると慌てて涙を拭って口を開い───

「何をしているんだっ!」

乱暴に腕を引かれ、回りの騒音と景色が波寄せるように帰ってくる。
青ざめた研究員がわめきたてながら、無理矢理腕を引いてこの場から出ようとしていた。
「兄さんっ!俺、俺の名前、ア───…っ」
ガアンと固いシャッターが勢いよく降りて、続いて重く分厚いセキュリティゲートが閉ざされた。容赦無い、断絶。力を持つ兄と自分のブレーンが手を組むことを恐れているのだ。わかっていたけれども、でも、でも。
涙がまた溢れそうになって息をぐっと吐くと、優しい笑顔が蘇る。マザーインサーキットテスタ・エレクトロ。兄の座っていた椅子の上にそう書かれたプレートーがあった。
「エレクトロ…」

───ずっと聞こえているよ

優しい声。
触れるのを恐れて見てみぬ振りをしていたそれが
確かなものとしてそこにあって始めてそれがなにより自分が欲しかったものだと気付いた。
単純で、だからこそ強く勿体ないくらい溢れでるもの。この手に、確かに、そしてそれは自信に。
「兄さん」
どこからでも、きっと届く。
電子信号より確かで真っ直ぐな、なにかを頼りに自分の声は必ず。
「俺の名前は」
もう一度会える時がくるならば、あの声で名前を呼んで。



「       」



そしてねがわくば
強く願うものが、張り巡らせられた檻を壊してしまいたい躍起より
自分の名を呼ぶ心であって欲しい。




















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