八畳の孤独
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鬼の霍乱
アーミーが風邪を引いた


セムは何もかもが大げさだ。
そのうえ過保護で、自分の庇護下にあるものは全身全霊尽くさないと気がすまない。
それだけでリリスの苦労が伺える。
暑苦しいほど積み上げられた布団の山。
胃がはち切れそうなくらい詰め込まされる病人食。
30分に一回の小マメすぎる検温。

今日ほど放っておいて欲しいと思った日はない。

「アーミー、熱は計り終わったかい?」
「セム、たいしたことねえから…。」
「何を言うんだ!風邪は万病の元、放っておけばいずれ進行して酷い目にあうぞ!」

今のこの状態は充分酷い目だ。

項垂れる俺の体を抱き起こして、いい加減壊れそうな体温計を取り出して計りはじめる。
周り中がセムの匂いがする。
普段寝泊まりしている屋根裏部屋から引きずり下ろされて、セムの部屋に無理矢理隔離され、だから屋根裏で寝るなと言ってるんだと文句を言うセムの方が熱で痛む頭より酷く悩ませた。
沈むスプリングとふかふかの布団に体中埋められて、落ち着かない。

「お腹は空いてないか?」
「空くわけない。」
「じゃあこれを飲んで。生意気口だけは腐らないな。すぐ良くなりそうだ。」

薬は苦手。
顔を顰めると、セムがふっと笑った。

「飲ませてあげようか?」
「絶対いらない。」

無理矢理薬を押し込む。
喉を付く異質な固さをぐっと堪える。
なんとなく胃が熱くなった気がする。
パッケージはつんと鼻を突く薬品の匂い。
これが、どうしても苦手。

「さああったかくして寝るんだ。」
だらしなく適当に止めただけの寝間着の前を、セムが丁寧に合わせ直しながら優しく言う。
風邪───一般的なウイルス性感染症。
体調管理に努めて心掛けていない俺でも、一般的にもそう大事になる病気ではないことは解っている。
寒さに震えて肌を擦り頭痛と痛む喉に眠れず体調を回復する日をただ待つことはもうない。
しかし慣れない手厚すぎる看病は、自分の回復を早めてくれるものとは思えなかった。

治るもんも治りそうにねえ。

枕に深く埋めた頭に浮き出た額をセムの手が撫でる。
台所仕事をしていた冷えた手が気持ち良い。

「セム。」
「ん?」
「少し寝る。」
「ああそうしなさい。何かあったら呼ぶんだぞ。」

額から頬を滑る冷たい手を惜しむ。
離れていく裾を掴みかける。
静かに閉まった戸を最後に、部屋にはまた静寂が戻った。
聞こえてくるのは、台所仕事の続き。

ああ少し、ほんの少しだけ

ゆっくりと目蓋を閉じた。
節々と頭が痛む。
幾倍も広くなった部屋とだるさを誘う空気に閉じ込められて、俺はまた一人になった気がした。

らしくねえ
それでも

目尻に滲む熱いものは、より息を荒くさせた。













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甘い方(糖度3)





















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