とてもきれいなひとへ






ニクスはとても綺麗な人だった。
スラリと高い長身、鼻筋の通った端正な顔立ち、大きくて鋭い赤い目、そして自分の栄養失調と日焼けで色素が抜けまくっただけのそれとは比べ物にならない艶やかに光る髪。黄色人種の中で白陶器の肌はなにより水際立った。

「お前は綺麗に育つぞ。」
ニクスはいつもそう言って頭を軽く叩く。ニクス流の撫で方。

嘘ばっかりだ。
こけた頬も、貧相な体も、鮮やかに色褪せていく髪も、傷まみれの肌も
どう成長したってニクスになれるとはおもわない。

嘘ばっかり。
頭の中で何度もそうぼやいて、埋めたニクスの膝の上で視界をぐるりと回せば
部屋に置かれた大きな化粧鏡が、みすぼらしい体と赤い目を映していた。
ニクスに似ているのはたったこれだけ。
瞼を閉じると年相応に成長しなかった体だけが映って残る。
コロンとニクスの匂いがする。妙に落ち着く。
たまにこうして店に訪れたニクスの膝をこっそり借りていることは、セムには内緒。
なんとなく、初めて会った時から、恐ろしく波長があったのだ。
頼りない赤い糸、なんて薄いものじゃなくて、兄弟に近いしっかりとした鎖で繋がっていたような。
セムにはできない、まるでプライドをもった獣が、寄り添うようなそれは
セムにできないのは、自分の中で大きな何かが邪魔をしてセムが特別に見せるから。


「キレイなのは、ニクスだ。」
「どーも。」
謙遜すらしない。
「でもな。」
「何。」
「俺に似たら、セムに愛してもらえない。」
「…。」
「お前はお前のままでいいよ。」
鏡の中のニクスと目が合った。
「お前は綺麗になるぞ。」
赤い目が絡み合った。
ニクスに似てるのはこれだけ。たったこれだけ。
貧相な体。こけかけた頬。痛んだ髪。
頬にキスするニクスは、近くで見てもやっぱり奇麗で
それでも、もうぐるぐる胸ワルくならなかった。
「さあ、足が痺れた。もう立ってくれ。あんまり居るとセムに焼きもちやかれるからな。」
「セムには内緒にしてるよ。」
「今度からはセムにしてもらえばいい。きっと心臓が跳ね上がって、とても落ち着いてなんていらんねえぞ。」
「ニクス!」
「いい子だ。自分の感情から劣等感なんか下らねえもので逃げなければそれでいい。」
「!」
ニクスは最後に、とびきり優しく頭を撫でて
とびきり奇麗に微笑んだ。
ニクスと俺の距離は、多分すげえ近い。
隠してもこの短い鎖からは、熱伝導のように伝わってしまう。
もう一度だけ、立ち上がったニクスに抱きついて腹に顔を埋めて、それを最後にしようと決めた。
「ニクス、バイバイ。」
「ああ、バイバイ。」


離れた腕からは、心地よい体温も香りも全て奪われた。
もう少し早くこうしなければならなかった。
遠ざかる腕に残った温もりが少し寂しかったけど、下から香るシチューの匂いはきっとそれに勝る。
バイバイ、綺麗なニクス。殊更綺麗な人。
肌の色が白くなくても、髪はかさかさに痛んでいても、多分セムは抱きしめて応えてくれる事を、本当はもう随分前から知っていたんだよ。












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