渺漫座頭

―びょうまんざとう






パシャ


日は強く照りつけてコンクリートから陽炎を作り出す。細い水音が耳に涼しい。茹だるような暑さの中、自分の視界は半分ほどにしか映らなかった。
蝉時雨が響く。だがまるで自分には透明な一枚布が被さっている気分だ。
水音も蝉の声も現実味にかける。

「魁ちゃん」



誰かが呼んだ



「魁ちゃん。」
「小饂飩か。」
薄布がパチンと破けた。しかし小饂飩の向こうはやはり不確かで、曖昧にうつるそれはよく見知った友人の姿を浮き彫りにさせた。


小饂飩の体から雫が垂れる。
熱されたコンクリートにシミをつくる。
水音が少し大きく聞こえた。
――バシャ!


「今日は見学か?珍しい。」
「ああ。」
「わかった、ブルーデーだろ!」
またお前は、と嗜めるいつもの言葉を理解できているのに、それは声にならずのどの奥で消えていった。
ああ―――見学者は座っていても良いのか


「どうしたんだよ。」
プールからまるで張って出たように続く小饂飩の水の足跡は、今じわりじわりと侵略して自分のつま先僅か数センチまで接近している。少しずつそれは広がり、まるで溶け込むように静かにしかししたたかに、子供の指先のように見えるそれが引きずり込もうと少しずつ溶けて進出する。
数センチ、僅かあと数センチで。





「小饂飩。」
ピッ
軽快な汽笛とともに、小饂飩の後ろで大きな飛沫が上がった。
「ん?」
飛沫は飛び散りまたアスファルトに点々と溶けて、だがそれらは勢力なく僅かにしみ込んだだけで終わった。


「いや。」
「…魁ちゃん?」
少し顔が近付いた。逆光のせいでろくに見えなかった友人の顔は、今妙なものを見る表情をしていた。そこを一歩も動かないことを祈る。

小饂飩の足跡は、照らされた日光によって消えかかっていた。





この服の下には先日つけられた傷跡が残っている。肩に三本の小さな引っ掻き傷。じわじわと蝕まれていくような自分の体を、小さな傷跡が引きつってまた戻る。その度に募るばかりの感情を忘れることはできないし、しかし汚染されてゆく自分の体が抗生される気がした。汚い、汚い心身だと思うだろう。まるでコンクリートの上の指先のように確かに侵略し続ける。

だが感情は昂ったままで進出は押さえることができなくて
いつかこの指先が由太郎にたどり着き、じわりとしみ込んで侵略しはじめようとするのだ。それを自分はとめることが出来るのだろうか。
この小さな傷跡のように





















―――パシャン
誰かが飛び込んで波紋が広がった。



水に入れるわけがないのだ。じわり。




















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