「2秒、それ以上は駄目です。」
「せめて5秒。」
帽子越しに睨まれるのは、結構恐い。










これでも進歩した方だ。最初は1秒未満という精密極まりない数字を出された
―――なんだってキスの時間の話だ。
馬鹿にしちゃいけない、自分健康で健やかな18歳男児である。触れたいキスがしたい抱きしめたいもちろんそれ以上だってしてみたい。親だって十代の頃は頭の大半はこんなことで一杯だったはずだ。まったく受け入れてもらうのだけでも一苦労で最近になってようやくデートらしいデートも出来るようになったけどそれも片手で足りる位の回数で、キスは、ギリギリ両手…を超えるか?いやまだまだ。この俺は誰だ?これだけ誠実で健全な付き合いを繰り返してるのは誰だ!あさはかで無鉄砲でエッチなこと大好きィ、な間違いなく俺なんだ!いざとなったら尻込みして押しの一手も引けてしまう、俺なのだ。



初めて沖とキスをした時は、驚くぐらい驚いた。…自分に。
こんなにも緊張するものだったか
心臓はこんなに派手な音を立てたことがあるか
試合以外での高揚、紅潮、
加えて沖も、それ以上だ。


心臓は破けそうで情けないことに指先は冷えて震えて掌はじんわりと汗ばんで
触れたことが信じられなかった。唇が離れた時、さっきくっついていたのは本当に唇だったかわからなくなった。
1秒ももたなかった

――――なんという武勇伝だ











「ヤです。長くしたらそのままさかりがついて止められなくなるでしょ。」
「さか…んなことないって。」
「ヤ。です。」
もっともこの小饂飩勇らしからぬ純真で誠実な心は、身長だけが成長した友人以上に色恋沙汰に不馴れな沖に欠片も伝わるよしも無く。普段の言動がさらに災いになりこの紳士な気持ちも自分の中の焦りも恥も、全く信じてもらえそうにない。
この俺が魁ちゃんに抜かされたんだぞ!?ありえない!だがそれでも沖お前を尊重しようと言うこの真摯な思いを、どうして目もくれないんだ。


「先輩、もう帰りましょうよ。部室の鍵…」
「じゃ、帰る前にも一回い?」
この帽子越しの一瞥はいつ見てもひやりとくる。
「もうさかりついてるんじゃないですか。」
「俺はいつだって沖ちゃんへの愛でいっぱいだ。」
「よくまあ」
「俺の体にはち切れんばかり、愛ばかりがすし詰めに!」
嘘じゃないのに。好きで好きで好きで、大事。自分でもどうにかなるくらいの思いがもう体だけじゃすまないいつだって暴発寸前。唇が触れるのは、多分これが8回目。まだ馬鹿みたいに暴れる心臓は、原動力が愛じゃなくてなんだというんだ。


部室の古い細い長机を挟んで、頬にそっと触れて一回。太い指なりの細心の優しさでもって頬を一度撫でて、愚図り出しそうな沖の瞼に一回。それから、ちょっとだけ顔を倒して、唇に一回。
1、2、3…
「っも、二秒オーバーしました。」
「んだよそのルール。」
自分の心臓は耳についてるんだっけか。顔は火照って暑いくらいで、だけどきっと沖のそれには負ける。顔を伏せられていて、あの大好きな泣き出しそうな赤い顔が見れない。ああ―――立ってるのが億劫だ。


「せ…パイは、慣れてるからいいけど」
「あ?」
「僕は、本当にこういうの、苦手で…」
おずおずとあげられた顔は予想どおりの赤い顔だったが、今や本気で泣いている。雫をこぼしはしないものの、目が潤んでいる。
「いち、1秒でも恥ずかしくってたまらないのにっ」
「沖ちゃん?おい泣くなよ」
「泣いてません。」
もう一度沖に触れたようとした指先は鋭くたたき落された。沖が怒鳴ることは珍しい。三時間以上一緒に居て「面倒くさい」を一度も言わないことも珍しい。泣くのを堪えて息を荒げているのも、すげえレアだ。


それだけで自分のあきれた脳はアドレナリンがとまらず、泣く沖ちゃんを目の前にして自分は世界で一番幸せなんじゃないかと思っている。ああ、ああたまらない。こいつが好きだ、大切だ。好きだ。
「っわ!?」
沖の小さい手首を掴んで無理矢理自分の胸板の中心にくっつける。
すーはーすーはー。どきどきどき。
細胞よ血液よそこから今俺を作り出してくれてありがとう。
「な、なん…」
「俺の、どこが、」
集えニュートロン全ては愛の為に
「慣れてるって」
「…って」
「冷静でいれるわけねえだろ」



どっくどっくどっくどっくどっくどっくどっくどっくどっくどっくどっくどっく


どっくどっくどっくどっくどっくどっくどっくどっくどっくどっくどっくどっく



生命の音とはすばらしい
今ここに生きるのは、作り出されたエネルギーを蓄積して全開で浪費していくのは、全てこのために!




「いったろ。愛ばっかりがすし詰めだっつの。」
「馬鹿みたい。」
「どういたしました」
とうとう泣いてしまった沖ちゃんをこれ以上無い幸せな気持ちで抱きしめて、やっと理解したかと小さな声でつぶやいた。吃逆をしながらまだ小さく抗議する愛しい沖ちゃんに、俺は今からこんこんと愛を語ろうと思った。
















この世は愛だけでできている






トップオブザワールド*ラヴァーズ





















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