別嬪で評判だった母の若い頃に生き写しだと言われて自分は少し鼻が高かった
兄は幼い頃こそ母寄りだったものの、今となっては少しずつ父の面影を写しだしてきている
自分達は間違いなく兄弟だった




ある日世界が割れた
どうしようもない押しとどめることのできない想いが堰を切って溢れ出して来たからだ
俺はガキで俺の世界は俺が中心に回っていて俺が見れるもの全てが全部で
まだ見れない視点から世界を見ることもせずに、この涙がこぼれるほど強い強い気持ちを無責任に押し付けた。
―――あの人が優しいことを忘れたわけじゃない



どうなるか、結果はわかっていた
いや解っていったのだ
誰も何も時間をとめてくれない
なりふりかまわず走れるほど、自分は子供ではいられなくなった


兄ちゃんどこいくの





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「積もったね、兄ちゃん。」
「ああ。」
視界はちかちかと輝く一面の銀世界。今年一番の降雪量に普段ならはしゃぎ回ってかまくらのひとつでも作ろうかと腕を捲るものだけど、さすがに今日は自粛した。雪が音を閉じ込めてシンと静まった雑木林を、兄ちゃんと二人で並んで歩く。
サクサクサクサク

枯れ枝に乗っていた雪が落ちて頭から被った。
「…つめてー」
ちらりと後ろを振り向くと、二人分の足跡が並んでできていて、ぐうっと胸を苦しくさせた。
前を向けばまた大嫌いな大好きなあの背中がある。
「柊、咲いてないかな」
呟いても柊を探すふりもしない
背中を向かれても、もう慣れてしまった。だって今更もうどうしようもない。

「なあ兄ちゃん、去年一緒にかまくら作ったときの写真、どこいったっけ。」
「かまくら…ああ、そういえば写したな。」
「こないだ思い出したんだ。」
「懐かしいことを。」
写真は探しても見つからなかったんだよ


「兄ちゃん。」
振り向いた兄ちゃんの三歩前の枝の雪がバサっと落ちた
兄ちゃんの髪と同じ色の枯れ枝がむき出しになった
おなかがすいた
お願い解ったふうにいわないでね



「次の主将は俺だって」
「そうか」
何も誰も時間を止めてはくれないんだ。


「ねえ」
「うん?」
「どこへ行くの?」
むき出しの枯れ枝は兄ちゃんに突き刺さってるように見えておかしかった
変な顔。やだ、眉間にしわ寄せた顔が機嫌の悪いときの親父に似てるんだよ。

―――兄ちゃんは、出て行くんだ。


「俺、また置いてかれるんだ。」
「休日には戻るよう努力しよう。」
「無理だよ体こわしちゃうよ。」
なんてわかってるよ我侭いってるだけだよ賃貸広告一緒に見たじゃん無視してよそんな顔しないで

「兄ちゃん、今キスして。」
だからほらやだその顔親父に似てる。
でも大丈夫兄ちゃんは男前だから
至近距離でみてもいつも奇麗。
冷たい手が触れる。
冷たい唇が触れる。
キスじゃないみたいだ
こんなの



目を開けると奇麗で男前ででもなんだか情けない顔した兄ちゃんがいた
ありがとういつも優しくしてくれてありがとういつもつき合ってくれて
「もういいよ」
ありがとう
「由太郎?」
「自由にしたげる、兄ちゃん。だから無理しないで好きなだけ勉強してきて。」
「なにを」
「優しいトコも大好きだったよ。こんなに家族思いで弟思いな兄ちゃんほかにいないもん。俺の自慢だよ。」
「由太郎、何を申すが知らぬがそれ以上宣うと承知せんぞ。」
「だってそうでしょ優しい兄ちゃんは俺の我侭一度だって断ったこと無い。俺のことすっごくすっごく大切にしてくれて俺はそれに甘えていい気になって兄ちゃんの先も考えずに自分の感情押し付けて、舞い上がってた俺は兄ちゃんの答えに疑いもしなかったけど俺だって少し成長したら見えるんだ。兄ちゃんが俺に線を引きたがっていたことも本当は兄ちゃんがこの線を渡るギリギリのところで俺を押しとどめておきたかったことも。したら疑うじゃん、俺の我侭につき合ってくれただけなんだって、思うじゃんよ大切だと思われてることは疑いもしなかったけど、でもきっと兄ちゃんには俺と同じ感情じゃなかったって、受け入れてくれただけなんだって。」

「だからもういいよ」
肩で息をついだ、これは嗚咽じゃない。
頭ではずっと理解してた
だけど心はそれでも手放すことを嫌がった
押し込んでいた涙が次から次へとこみあげる
飲み込んだふりしてバイバイって言いたかったんだ
今更聞き分けがいいふりしても遅いじゃないか




「なんでかなあ」
「なんで好きでいちゃいけないのかなあっ」

「好き、大好き、兄ちゃん」
「好きでごめんね。」
体中はち切れそうな思いで、初めて今と同じ台詞を言ったのは去年の夏
全く自分は何一つ成長していない、ここにきて同じことでまた泣くなんて
だけどもう押し付けて逃げることはできない
これが自分の成長
後先なんててんで考えず好きだと伝えてしまったあの時よりも
もうこのままでいられないことを知って泣きながら好きだと伝える今

ずっと大好き。俺がいないその先でもどうか頑張って









ひっかかった嗚咽で吐き戻しそうだった。
兄ちゃんの重い真一文字の口がためらいがちに開かれる。
「お主と一線を引いてしまっておきたかったのは」
「拙者の中にある醜く利己的な感情が、由太郎を喰わんとしていたからだ。」


「由太郎、それを自分の責任だと思い嘆いているのなら、謝罪を致すのは拙者の方だ」
「違う、俺こそが醜い汚い、感情そのものを押し付けたんだ。」
「お主の気持ちに答えたことが嘘だと?」
「嘘じゃない兄ちゃんは俺の為ならなんだってしてくれるさ。俺はそれを知ってたんだから。」
「何でも聞いてやりたかった。何でも許してやりたかった。」
「そうさ。」
「いいや。この醜い感情が由太郎を捕えるのだけは我慢ならなかった。」
「兄ちゃんは醜くない。そんな感情はちっぽけなんだ。」
「由太郎」
「そんな感情で、俺はいつも兄ちゃんを平気でがんじがらめにしてたじゃないかっ」
「由太郎」
「大体捕えるって?束縛?俺喜ぶだけだよ」
「由太郎」
「兄ちゃんはいつだってっ」



「両親を捨てともに逃げる覚悟はあるか?」












どこかで雪が落ちた
いや、兄ちゃんの卒業証書の筒が半分雪から突き出て落ちていた。
その広い腕の中に飛びつきたい
駆け寄りたい
今すぐ抱きしめてほしい
大好き
大好き
大好き












「ないよ」
「拙者もだ」






俺はなみだでぐしょぐしょな顔で、にっこり微笑んだ。
兄ちゃんも合わせて穏やかに笑った。
俺は俺を許してあげれる気がほんの少しした

このどうしようもない感情は
やっぱり持って行き場がないけども


「入居日はいつ?」
「一月後だ。」
「卒業おめでとう」
「ああ。」
兄ちゃんは大好きな兄ちゃんは出て行くのだ
俺から離れて、ぐんと広がった世界でさらに積み上げて
誰の目からも視界に入るくらいまで高く
その後を追うのも、黙って手を叩くのも俺はどっちになってもかまわない
そして両親に「自慢の息子だ」と讃えられるのだ


「兄ちゃん、兄ちゃんの中にあった気持ちはきっと俺にもあって、俺は捕まえてくれたらとても喜んだんだよ。」
「引いたんじゃない。由太郎、お主の感情を利用するような真似をしてすまなかった。」
「そんなことしなくても俺は兄ちゃんから離れなかった。安心して突き飛ばしていいよ。」
泣き顔でぐしゃぐしゃな俺の頬に一回触れて、だけどもうキスは来なかったきっともう触れることは無いんだ。なにも知らなかった頃のように強く俺の頭を撫でて、鼻をすする俺は、ぐんにゃりと不細工な笑みを浮かべるしか無かった。いってらっしゃい。苦しいだけだけど傍にいるよなんて言わないけど、兄ちゃん、この先共有して来た道を初めてこの分岐点で別れるんだよ。兄ちゃんが駆け上がるその間に俺がどんなくだらない道を選ぶかもう兄ちゃんに見ることはできない。
最後頷かなかった自分を、好きになる自分を今度は許してあげるよう努力するよ
体まで関係持ってしまって今更あの頃のように純粋な兄弟に戻れやしないけど
あの頃のように兄ちゃんを奇麗な気持ちで見ることはできないけど









「にいちゃんどこいくの」
「迎えに行くよ」
この期におよんで弟に甘い兄ちゃんをやっぱり俺は大好きで


ありがとう
ありがとう
じゃあね
それは叶わないだから今だけ頷いておくよ
その場限りの心地いい約束―――絶対ずっと大好き












兄ちゃんと一緒に行けなかったことを嘆く日も兄ちゃんの背中が見えない寂しさに泣く日も来るだろうけど
もしその時俺が卒業証書をこの林に捨てて、また兄ちゃんの背中を見つけてしまう日が来たら
そしたら今度は、本当の駆け落ちしよう
世界一馬鹿な弟
未来なんて恐いほど真っ白なんだ







「どこいくの?」
んで野球場で会おう、ね。

















































おしまい





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