青春DAYS




声が枯れるほど誰かを 叫んだことがあるか







加具山さんを突き飛ばした。
ゆっくり落ちていく体は無防備で、立っていた体制そのままでの形でぐらっと歪んでいる。状況が追い付かなくてあの大きな眼をこれでもかというほど見開いて、その中に見たことも無いような不細工な男が映る。俺だ。


バシャ───ン


「うわっぶっ、はる、な!?」
水面にきれいに映っていた月がおおきく揺らいでちりぢりになった。学校用のプールなのでもちろん足はつくが大量に水を飲み込んでしまったらしい加具山さんは大きくむせて苦しそうに咳き込んでいる。申し訳ないことしたな、と後れた経路で脳にやっと伝わる。2、3個ショートしたみたいだ。自分の行動も意識も制御が効かない。
「おい!」
声には怒気を孕んでいるものの加具山さんの顔は疑問でいっぱい、という感じだった。これ、もしかして端から見たらただの先輩イジメじゃん?とんでもない!「すみません」といって引き上げれば済んだことなのに、自分自身もプールに飛び込んだ。飛沫が月明かりに照らされてキラキラと光った。


バッシャ───ン


「ぶわあっ!?」
「すみません加具山さん。」
「いいったい何なんだよ?部室から黙ってたと思ったらいきなりこんなとこつれてきて。」
あげく水攻め!俺お前に何かしたか!
怒鳴っても加具山さんの顔は怯えの方が強くって、台詞の最後の方は小さくなって自信がなくなっていくようだった。俺何かしたかもしんない、という不安が手に取るようにわかる。
「なんにも。」
していないんだろうか。この人は。
「榛名?」

俺が飛び込んだことで月はまたちりぢりに砕けていった。制服は水をガンガン吸収していってものすごく重たく、体が棒立ちのままうごけやしない。それは先輩も同じなんだろうか、俺より幾分小さいだけもっと重いんだろうな。なのにたっぷりと水を含んだ裾を持ち上げ、掌で俺の頬に触れた。
「どうしたんだよ。」
重たくはないんだろうか。先輩。本当すみません。触れられた頬からじわっと滲む温もりがぐうっと泣きたい気持ちにさせる。噛み締めて堪えて、瞼を拭ってくれた指を追う。その指がもう一度触れれば、絡めとって引き寄せて繋いでおきたいと思う気持ちと欲情も一緒に抑えられなくなる気がした。
どうしたなんてこっちが聞きたい。もうずっと前からこの人のことを好きだと思っていた。人並みに恋愛したことはあるし人並み以上にまあいろいろと経験もした。好きになったのが男だなんて、ショックでないといえば嘘になるが自分の感情を自分が否定してもしょうがないので(やり場の無い思いが可哀想になるだけだし)素直につき合っていく覚悟もとうにやってきた。自分はホモじゃないから、好きになった人がたまたま男、ってのもアリかなんて。
だけどこんな感情。まるで本能がむき出しの、だらしない直情。強い。


「榛名、おいってば。」
あ、触れた。


「お。え?」
月の光と遠くの夜間灯が、輪郭と肌の浮き出た所をうっすらと照らしていた。ほんのりと光っていた肌に影が伸びる。眼の中の光が最後で、その大きな眼に自分が映るのが本当に嫌で恥ずかしかった。触れられた手を取って絡めて距離がゼロになる。
「んっ」
本当に触れたのか判らないぐらい薄く唇をちょんと合わせた。情けないことに自分の唇は震えていたから感触もよく判らないけど、加具山さんの唇は冷たかった。顔は見れない。絡め取った腕と違う方の手で頬を滑り顎をとらえてもう一度キス、今度はしっかり啄んだ。押し付けるようにもう一回。撫でるようにまた一回。唇の端にも一回。
「はっ、はっ、やっ、おっ」
加具山さんの体はピクリとも動かなくて(そのかわり恐ろしく冷たい)ガチガチに固まった歯の隙間からひねり出したような声がぶつりぶつりと漏れていた。あんまりにも可哀想になってなるべく申し訳なさそうな顔で離すと、赤いのか青いのかわからない困惑に満ちた加具山さんの顔があった。そこで初めて、あ、申し訳ないことしたと思った。心から。
「お、お前、なに、あっ」
もう一度上唇にキスすると固まった腕をやっと動かして、弱々しく俺を突き飛ばした。もちろんびくともしない力だったけど、心はビクリとした。拒絶されるのなんてわかってたけど、でも、むき出しの心に刺さる。
「な、な、なん、なんしてんだっ」
「キスを。」
「キッ、キ!?」
「すみませんやっぱ初めてでしたか」
「お、前、ほんとふざけんなよ。」
やっぱり怒られたか。今の加具山さんの顔は大分落ちついて怒りが徐々に溢れ出している。だって自分は馬鹿で短慮でややこしいことを考えるのは苦手だから、いつだって正面きってくしかなくって、答えが出ない疑問にあれだこれだと机上で考えるより体当たりしていく方があってるんです。しこりのようにひっかかるのに、かたちはぐにゃぐにゃと一秒一秒変化している。灯るように明るくあたためるかと思えばサックリ切られたような冷たさ。気持ち悪い捉えようが無い、難しい、解らない。この広い寂寥感をどうしたらいいんだ。
「なんでお前が、そんな顔すんだよ。」
「どんな顔してます。」
「すげえ…不細工。」
「…ヒデ。」
加具山さんは確実に怒っているのに、でもその怒気が、少し薄くなって慰めるような雰囲気すらあると言うことは、俺どんなひどい顔をしているんだ。目の前にふうっと影が過ぎて、加具山さんの指が
「いや、ごめん、嘘。」
そっとまた触れた。とても震えている指、が。
「お前ずるいな、泣いててもオトコマエ。」
泣いてなんか、泣いてんの?声がでないのはまた加具山さんが触れてくれたことに感激してたせいだと思っていたけど。嘘泣いてんの?情けない。とんでもない。同情を誘うつもりは本当にこれっぽちも
この痛みを解ってもらおうなんて本当になくて。じゃあなにして欲しいのと聞かれても困るけど、だけどなんにしても俺はどうしてもあなたがあなたじゃなきゃどうにかできないって、これが、脳がこころがあちこちがいうもんだから。
なんにしてもどっちにしても埋まっても埋まらなくても、特定の人ひとりを決めているなんて、こんなの恋じゃない。
「なあ、お前な。あ、まってもうキスはすんなよ。お前…」
覗き込まれた加具山さんの眼は俺のそれより随分すっきりしていた。何もかも見透かされているような。
「口酸っぱくして言うんだろうが。基礎が大事、基本が大事とかってそのメニューでばっか体力づくりさせるくせに。」
「はあ」
なんで今、メニューの話。とは口にはしなかった。自分がこれだけ苦しんでるのに矛先反らすなんて酷いとは思えなくもないけど加具山さんの眼はとても真剣だった。
「普段は迷惑するくらい直球で自分のやりたいようにやるのに、なんで今、基本すっとばすんだよ。」
いくら俺だって、ちょっと、あれ?とか気付くよ。あんだけ派手に慕われちゃ。でもお前物事には順序ってもんがだな。
ちょっと恥ずかしそうに先ほどの怒気もわずかに尾を引いて、言葉尻悪くブツブツと呟く加具山さんがなんだか信じられなかった。いや信じられない。
だって劣情がおそろしい感情が、驚くほど溢れてとまらなくて、堪えるにも限界があってこうなったらもう息の根からとめるしかなくて。俺はそれくらい必死に、加具山さんひとりパクっと食らってしまうくらいの感情だったから必死になってあなたを守っていたのに。その文句は、俺もその感情もいっしょに受け入れてくれるように聞こえる。嘘だろうどういうつもりだよ。俺はあんたを、俺はあんたが、分かりやすすぎて解りにくかったくらい。水に沈めて殺したつもりで奪ったことにしてしまいたかった。月が穏やかに水面に映る。守られていたのは俺か?

「か、ぐやまさ」
「謝罪は聞かねえぞ。一生貸しだ。」
「どうして…だって、気持ち悪いでしょ。」
「そう思うのか?」
「当然…っだって加具山さんいっつも俺に常識を知っとけって怒るし」
「榛名」
「ありえないじゃないすか。」
「俺はもうお前から逃げたりしなくなったんだよ。」


「常識もふりかざすけど、榛名のことなら最初に聞くよ。」


───随分、先輩風吹かす。どうしてここまでセンパイセンパイできるようになったのかなあ。それって俺が、やっぱ俺が、迷惑かけまくっててそのうえ解りやすすぎて自分一人が解らなくって馬鹿だったからだろうなあ。やばいまた泣きそう。そうなんです好きなんです。自分でわかっていたんだけどだけどその質量にびっくりして腰が抜けたんだ。だってこんなの初めてだって。初恋だって記憶に無いのに、あなたのことは、このさき寿命が千年続いてもちっともわすれそうにない。自信が無いんだ、この気持ち全部引っくり返してみせたら絶対ドン引きされるだろうそのぐらいの迫力、と質量。のコレを でも
情けない顔を上げると、加具山さんはなにかを待っていて、それを促すような感じだった。いきなりキスはないんじゃないか。ほら言うことあるんだろ。と眼が語っている。受け入れてくれるといったんなら、少しずつ小出しにして、甘えれるだけ甘えて良いだろうか。甘えよう。怖れるいつかの日にまでに、俺がもっと力のある大人になればいい



「加具山さん、大好きです。」
よろしい、と精いっぱい先輩らしく言って、照れくさそうに笑った。



この左腕と同じくらいこの人が大切なものになっていくのが恐かった
俺が二つこんな大事な大事な重たいものを抱えて生きていけるかなあ















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