LOVE始まりました



あれから榛名は俺に触れてこない





眠気もふっとび程よく疲れた体を伸ばす。大河とたわい無い話をしながら教室にはいると、友人の数人が気付いて「おーっす毎朝よくやるなー」と声をかけた。基本のあいさつは、おはよう。
「慣れだよ慣れ。」
「大河はその分青春してっから。」
美人専属マネジと、と絡んできた友人の一人に大河は適当に流せばいいのにそのままジャレ合いにいった。いや朝から体力つかいまくってんのに、よくまだそんな元気あるよな。無視して荷物をロッカーに片付けにいく。鞄を下ろそうとした肩がまだ温かかった。初夏、冷たいプールに全身ずぶぬれにされたあの日から二週間がたった。




今。自分と榛名の関係は曖昧も曖昧で、はっきりしているのはただの先輩と後輩ではとうになくなったことだけ。俺は榛名の胸に全部押し付けて榛名自身を強く拒絶していた過去がある。その時榛名は、あまり優しくない喝をドンと入れて俺を無理矢理立たせて前を向けさせてくれた。俺の弱い所卑屈な所受け入れてくれて背中を叩いてくれたんだ。あのころの感謝に足るものはあいつにまだ返せていない。だから俺は、今後一切どんなことがあっても榛名からだけは逃げることはしないと心に決めたんだ。どんなことがあっても受け入れてやれるだけの度量をつくろうとおもった。
その矢先、プールに落とされた。受け入れるにはちょっとディープすぎやしないか?


榛名が異様に慕ってくれることを疑問に感じなかったわけ無い。やたら触るくせに一瞬躊躇う瞬間があることとか、掌でまさぐったりする変な触り方とか、突然目が合った時はちょっとビビってることだとか。まさかそんなとは思ったけども、指先が背中や首筋を流れるように触れられた時、その指先があんまりにもものほしそうにするもんだから。俺が笑うとすっごい優しく微笑んだりするからどうしたものか。いきなり直球ぶつけてこられたんじゃ流石にびっくりして自分のことに手いっぱいになってしまうけど、そうやって長い準備期間を与えてくれたのは本当に助かった。俺はあのとき、少しは包んでやれたか。お前を傷つけずにすんだか?
もしそうなら、今はなにを考えているんだろう。


「俺もっと力付けますから、待っててください。」


そういってあの時腕ははがれた。なんだよ待っててって。力って何。ものすご微妙じゃん俺放置プレイみたいなもんじゃん。俺はお前から、逃げないってゆったのに、やっぱりお前は俺を頼ってはくれないんだな。なんなんだよあのときキスまでしたのに、
「(…う)」
思い出して一気に顔がほてった。
「(俺、授業中になに考えてんだよ。)」
いち、にーさんしー…ごー、ろく。六回キスした。最後に啄まれた上唇を撫でると、ぞくりと神経が逆立った。そうだよキスしたんだ。うわあ。キスだけじゃない抱き合ったし首筋に奴の髪の毛を感じた。今思い出してもチクチクする(そしてゾワゾワする)うわちょっとまってその日一日だけで結構クリアしてるんじゃ…この状態で放置?
「(ありえねえ…つか何俺、触ってほしいわけ?)」
触って欲しい、なんて生々しい表現に自分で身悶えした。



ピ───ッ

「?」
軽快なホイッスルに呼ばれて、目だけで窓の外をみた。体育だ。二年の。あいつがいた。
「あ…」
ジャージの上着を脱いでいた。急いで脱ぎ捨ててグラウンドに走っている。どうやらバスケットをしていて暑くなったらしい。コートに入ると榛名にボールはすぐ回ってきた。あいつはどんなスポーツも一通りこなすからイヤミなんだよなあ。ひときわでかい体が飛んだり跳ねたりするのを思いっきり目で追いかけていて、端からみなくても俺って変態…?とか後で自己嫌悪した。榛名を見るとドキドキする。視線が合うと触れられるともっとすごい。でもこれは俺の心の底の底からなにかされるんじゃないかという予想がじわじわと神経を辿っていくことがそうさせるんだと思っていた。もしかしたら期待していたのかもしれない。こころが一番わかってない。
榛名がシュートを決めた。今こころは痛い。





+ + +





「かぐやん、俺さ職員室呼ばれてるから鍵開けといてくんね。」 
「おーなんかしたのかー。」
振り下ろされた拳から鍵を受け取って大河と別れた。担任は午前で出張にでかけて、HRは俺の苦手な副担だとおもったら出る気も失せて、いいやそのまま出ていこう、と荷物を持って部室に逃げた。いいだろうこれくらい
「鍵開当番任されたし…。」
ハッキリ言ってこの時期の鍵あけはキツいものがある。入った瞬間きっちり戸締まりされた部室からむせ返るような不浄な空気がぶわっとあふれて、それをくぐって窓を全開にして速攻換気しなければならない。あつい・くさい・きたないの三拍子だよスポーツ部の部室なんて。一通りの換気がすむとあとは自然に任せるのみ。部屋の真ん中の長机に腰掛けて、吸い込まれていく不浄な空気とそこにキラキラ舞う埃をぼんやり見ていた。結構この景色が好きだったりするんだ。
「…やっぱ暑い。」
そして臭い。
シャツのボタンを上から4つ外してひらひらと仰いだ。開けた窓から水音と、人の声がした。あの時土足のままプールにつっこんじゃって、水泳部にはもうしわけないことしたな…。あの日から気が付けばあの日のことを思い出してる。榛名のことを考える。どうしたいんだ。俺はどうすればいい?
光の線が床に走った。キラキラ埃を浮かせて部室の扉が開いた。
「あ」
「あ」
榛名だった。



「…早いじゃん。」
「はあ、ちょっと。」
榛名は俺と眼を合わさない。ズクンと胸が痛くなった。何だその態度俺が一番のりじゃ悪かったのかお前予測にたたないものに直面してもビビるような性格じゃねーだろ。鞄からユニフォームとタオルを取り出して着々と着替えの準備に入ってる榛名に苛立った。眼ぇそらすなよとガンガン念を送る。
「最後の授業さぼったんで。」
「ふーん。」
「加具山さん、あの」
「何?」
「えっとそろそろ他の部員も来ますから。」
長い髪が顔に被ってて表情が読めない。ただ最初の一目以外わざとらしくこちらを見ないことにイライラする。人の目見て喋れよ。
「あの」
「なんなんだよ。」
「着替えた方がいいんじゃないですか。」
ん?と自分の姿を見ると、だらしなくシャツの前を開けっぴろげにしただけでなんも準備は始めていない。榛名は照れているようだった。もしかしてこれか?まさか今更男の上半身なんて見なれたもんだろ。あの日水浸しになったときは、シャツがぴったりと体にはりついて裸の方がまだましだったじゃないか。
判然とせずもやもや考えていると、榛名が
「だらしないですよ。」
と言った。
なんだかものすごく腹が立った。俺が自意識過剰みたいだ。恥ずかしくて腹が立った。あの日から俺も榛名のことを気にし過ぎている。優位に立とうとして上手くいかない。優位ってなんだ。馬鹿か、俺は、俺も
「榛名、こっちむけよ。」
悔し紛れの俺の精いっぱいの仕返しだった。
「こっち来い。」
榛名は少し逡巡したのち、アンダーシャツを置いてそろりと近付いてきた。あいかわらず、引き締まった男らしい体をしてる。それだけでゾクゾクする。俺は、俺も
「ボタン最後の一個、とってよ。」
俺も榛名がすきなんだ。



「はっえ、」
初めて見るあり得ないくらい動揺した榛名の顔を見て少しすっきりした。内心の焦りも心臓が悲鳴を上げそうなほどバクバクいってるのも必死で顔にださないようにする。
「一生貸しがあるっつったろ。着替え手伝えよ。」
「いやあの、む、無理っすよすぐ誰か来ますし…。」
「そしたら離れればいいだろ。おれもLHRさぼったから、しばらくは大丈夫だよ。」
榛名はめちゃめちゃめちゃめちゃ困っていた。俺はめちゃめちゃめちゃめちゃ恥ずかしかった。これでいいんだよな。優位に立とうなんて、同じスタートなら同じ想いなら同じくらいの立場がちょうどいい。
「加具山さん、どうしたんですか。」
「どうもしない。」
早くしろと言うと動揺した。ぎっと睨むとあの痛んだ顔が、ぎゅうと目を閉じて、それから決心を決めたように「失礼します」といってシャツに触れた。それだけで心臓が止まりそうだった。
榛名の指先は震えていて、ボタン一個とるのに3つ分かかった。とれるとシャツを柔らかく掴んで、肩からゆっくり下ろさせる。うわまってそれ頼んでない(いや俺が着替え手伝えっていったのか)むき出しの肩にシャツをつかむ榛名の手がすすっと流れて全身粟立った。ぞくぞくする。体に痛いくらい視線を感じる。顔にも。
顔をゆっくりあげると、宝物をみつめるような榛名と目が合った。俺はきっとあり得ないほど、赤い。
シャツがばさりと落ちた。榛名の手は肩をすべって背中に回って、ゆっくりと体を包んだ。あの日以来だ抱き合うなんて。肌が合わさったのは初めてだ。暖かい榛名の胸にドキドキする。榛名の動悸も伝わってくる。びっくりした。俺と同じくらいだ。
「す、みませ」
「謝んな。」
離れようとする榛名の手をとって頬を寄せた。切なくて涙がでそうだ。触れた所から伝われば良いのに。この手が好きだよ。触れられること嫌だと思ったことはないよ。
「ど、どうしたんですか。今日は。」
「馬鹿榛名。ホント馬鹿。」
手を離して榛名の体に触れる。榛名は一瞬ビクリと身をひいて、俺は逃さないように背中に手を回した。大きくて、手が足りないな。俺じゃ包んでやれないんだな。お前はあんなに簡単に俺を収めてしまえるのに。
「何で俺中途半端に放置されなきゃなんないんだよ。」
「放置…でも俺は、加具山さんの重荷になりたくないから」
「重荷っていうな。この状態でほっとかれるほうがよっぽど重い。」
指が俺の首筋に触れた。神経が過敏になっていてピクリと震えた。
「加具山さんは知らないから。俺すっごいんですって。本当好きで、加具山さんのこと好きで、中身なんて見せられないくらい好きで、もし見せたら加具山さんすっとんで逃げちまうくらい重くて。」
「力をつけるってなんのことだよ。重荷にならないようにって、俺のこと、飽きて普通の好き、くらいになるまで放っとくつもりだったのか。」
「そんなことっ飽きるとか…っそうじゃなくてこうもっと…紳士的というかそんななれるまで。」
「いやだよ、今だって俺榛名に先輩らしいことなにひとつしてやれてないのに。」
お前ばっかり優しい顔されるのは。
「榛名が触れてくれて、嬉しい。むちゃくちゃ好きだって言われて嬉しいよ。だからそんな寂しいこというな。」
「俺加具山さんを傷つけたらどうしたらいいか。」
「俺もお前を傷つけるかもしれない。だから一緒に困ろう。」
一緒に考えよう。榛名の力ない手を俺にはおおきすぎる手をなんとか両手で包み込んで、脈も熱も守るように触れた。榛名の切れ長の大きな奇麗な眼が歪む。その向こうに俺の好きな光がある。
俺も宝物に触れるような顔できてるかなあ。

「俺も榛名が好きだよ。」




言うのがおくれてごめんな。はじめからこうすれば良かったんだ。一緒に困っていっしょに喧嘩して一緒に笑って一緒に居れたら俺は嬉しいよ。おまえもそうであってほしい。榛名は泣き顔で笑って、俺はそれが心底愛しくて笑った。
初めて、あの日以来のキスをした。







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