「てめえで苦労増やしてちゃ世話ねえな。」
冷たくて軽い言葉は、あまり自分の耳には届かない。
病室の狭い窓から見える空は、なんだか薄い気がした。
きっと部屋が暗いからなんだ。
窓からこぼれる明かりが唯一で、それも暮れ始めてそろそろ街灯が音たてて灯り始める時間。


「あんたのせいよ」
どうして柄にもないことすんの 困る
隠したってしょうがないなら、なすりつけてやるしかない。

―――遠くでガラガラと食事の配給車の音が聞こえる。
幾つかの足音がせわしなく動いている。
もうすぐこの部屋にも食事を届けに看護士さんが来るんだわ…早く離れなきゃ

なんだって冷たくて気持ちのいい体温をしてるのかしら


「早く帰れば」
「帰るわよ。どいてよ。」
「てめえがどけよ。」
「あんたが体重掛けるから、私がどけないんじゃない。」
「おめえがのしかかってんだろ。」
「違うわよ」
「手、離してくんねえ?」
声は耳よりもつながった背中から響く。
なにより重ねた手のつめたさは、自分の脳をクラクラ刺激して堪らない。

「手ぇ、冷たいのよ。」

煩い配給車の音が部屋の前に一瞬止まって通り過ぎた。
薄い壁から話し声が聞こえる。
「ご飯は?」
「今日は抜くっつっといた。」
「なんで」
「こうなると思ったから」

肩に首が乗っかった。



「お前絶対泣くと思ったから」


泣いてないわよ。どこみてんのよ。
声に出そうと思ってならなかった。
実際本当に泣いていなかった。
その言葉が染みて今泣けた。

ーーー持って行き場のない想いを、静かに捨ててしまうのには重すぎて
かといってぶつけてしまうほどの強さもない
空を飛ぶことが何よりも好きな彼の、一つの重荷にもなりたくなかったのだ。

冷たい少年は、冷たい言葉でこの埋めたい想いを救い上げてくれた。冷たい手を貸してくれた。
驚きすぎて声も出なくてこの男の前で泣くことなんてもっとも予想外で不甲斐ない。
だけどずるずると甘えて頼ってしまったのは、情けないとは思うけども後悔なんてしていない。私どうしようもない女。


大きすぎる想いの隅で、小さく芽生えてしまったそれは本物なのだ。



カラスが二羽窓の向こうで飛んだ。
日はとうに傾き窓の明かりはわずかでお互いの触れるものが世界のすべてになっても

彼が帰れと言わないことは、私にとって救いだった。














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