35.2℃


ランプの明かりがユラユラと揺れる。
確かな呼吸と体温が薄暗い部屋一杯に充たされて
広いその部屋で、それが全てを占めていた。

緊迫はないのにジリジリと距離を喰らっていくのに必死で
キスをしてキスをされてそれでも体一杯で触れることは叶わない。
日に焼けるような仕事をしない自分たちの肌はお互いに薄明かりでもよく映り、
向こうは解らないけどもう自分は限界にきている。


───触れずにいられるもんか


耐え切れなくて、相手の、神田の長い髪が揺れた後
弾かれたように飛び付いて抱きしめた。
着痩せする体は意外に広くて堅くて、面食らった神田に
構わず自分の腕の長さ一杯まで伸ばし出来るかぎり神田を包んだ。
奇しくも傷の跡の残る自分の腕は、勲章は残れど神田のそれより細く白く、
神田を感じる面積が少ない。
腰に回した腕に力を込めると、その腕に神田の手が触れた。

顔を上げるといつもの変わらない奇麗な顔が、
だけどこの男はどこまでも仏頂面だと思う。
愛想を知らない目が、その中に引き込まれていきそうで
思わず目を伏せると、またキスが降りてきた。

始めて頬に手が添えられると、驚くほどその肌は自分に馴染んだ。

──神田と僕は同じ体温なんだ。

徐々に深くなっていくキスの間にぼんやりとそんなことを考えて思わず笑みが漏れる。
それに訝しんだ神田が、前髪を荒く撫でた。
こうして肌に直接触れてもらうのはいつぶりだろう。
今は昔に、しかし心から愛された惜しみない温もりは
こんなぎこちない駆け引きを繰り返すようなややこしいものではなかった。



一言で全てが上手くいくかもしれない
全て壊れてしまうかもしれない
明日崩れても今彼に飲まれることを強く望む、肉欲のイデオロギー。
耳元に触れる息づかいがまるで未だ呼ばれた事の無い自分の名前を呼ぶ声に聞こえる
自分はもうどうしようもない。


「ねえ、もういいでしょう?」


頬に添えられた手を胸に滑らせると、神田の瞳がわずかに揺れて
それからお得意の苦虫を噛み潰したような顔をしたけれど、今日はもう少し複雑に見えた。
その顔に喉の奥から静かに、空気を吐くように笑うと
まだ眉を寄せたままのだが、ようやく固いベッドの上に寝かせてくれた。

触れる肌の、違和感のないことが違和感なくらい。


───明日の朝は起きれるかな。

アルコールの付きかけたランプが、ジジっと一瞬消えかけて
また僅かに勢いを取り戻した。



なにせ低体温の人間はとびっきり朝に弱い。











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