進化論01

ハルナと沙羅が同年齢設定になっています。
その他妄想溢れる自己設定満載ですのでご了承ください









あの白い猫に礼を。



「俺沙羅、よろしくな。」
「…。」
差し伸べられた手が視界の端でチラチラと揺れて見えた。
苦手の上に超がつくくらい人なつっこい笑みを浮かべ
安易に人の体に触れるな、と教えられたばかりの教訓は
さっぱり忘れ去ったように無防備。
心の声で鳥頭、と罵倒し小さな溜め息で握手を蹴った。
しばらくポカンと立っていた沙羅は湯気が出そうな程顔を赤くして暴れ出した。
神経を逆撫でするような態度で去ると、後ろで聞こえる低能な罵声は耳障り良く
それがあの日、初めて沙羅と会った日だった。

 * * *

痩せこけた体も、ちびっこい背も、頑に閉じた口もそのころのハルナは今とはまるで正反対だった。ただ奇麗で大きいけどもまるで愛想を知らない目つきの悪さだけはそのままで、あの目にジロリと睨まれると誰も何も言えなくなってしまっていた。初対面の日のことを深く根にもっていた俺はことあるごとにハルナを無視していたが(今思うと本当にガキだった)ハルナはまるではなから俺の事が、施設全員の子供が目に入っていないかのように誰一人にも目を合わせなかった。それでなくても評判の器量は人目を惹くのに、飲み込みの早さは教官が「神童」とたたえるほど一級で、ハルナはあっという間に施設中で注目されるようになった。
「あいつって実習以外の時間どこ消えてるんだろうな。」
「俺あいつがモノ食ってる姿とか寝てるとことか見た事ないや。」
娯楽にも情報にも乏しい施設の中では、いつしかハルナの情報が好奇の中心となり「目が合った」だの「疲れてそう」だのとわずかな接触を囃し立てていた。しかし集まる情報は全て共通するもので、ハルナは実習や講義の時間にしか顔を出したことがなかった。食堂も、共同部屋で雑魚寝するときもそこにハルナの姿はない。誰も彼の生理生活を見た事が無かった。食事も睡眠もろくにとっていないんじゃないかと少し心配したが、すぐにかぶりを振って、「関係ない」と決め込んだ。
だけど、ある日、よりによって俺が。

 * * *

うざったい視線や低レベルな感嘆歓声には心底疲れていた。自分のレベルを見極める事も出来ずに、寄り添いあって体を暖め甘えた考えでほんの少し自分より秀でた奴を妬んだり羨望したり。騒ぎ立てられる事は嫌いだったけれど少し次元を変えて見ればそれはなんでもなくなった。僕は同じような境遇で同じような鍛錬を課された施設の奴らを見下し、その辺の小石と同じような目で見ていた。共同生活は強制ではなかったためにほとんど宿舎施設の方には帰らなかった。ここに収容されてから一月ほど経って、「隠れ家」を見つけていたのだ。書室で手ごろな本を数冊借りて食堂で携帯食を貰い、「隠れ家」でそれを食しながら手当りしだいに借りた本を読んだ。日が暮れると本を積み上げて薄布にくるまれて眠った。蜘蛛の子のような宿舎よりは随分マシだとそんな生活を三か月ほど続けていた頃、初めて「隠れ家」に客が来た。薄汚れてはいるものの立派な毛並みを持ったしなやかな猫だった。僅かな隙間から侵入した猫はこちらをじっと見つめ、手招きをしてやると気高そうに「ニャー」と高く鳴き僕の横にちょこんと座った。人間以外の生き物を久しぶりに見たような気がする。猫の目は美しい琥珀色で、白い毛並みによく映えて月明かりの下でそれを見ることが好きだった。気まぐれなそいつは来る日こそ決まってなかったが決して餌を強請る事無く、手入れを怠らない白い肢体が気高く見えて僕は此処で一番好感を持つ相手に出会った。猫の瞳に因んで「アンバー」と名付けた。アンバーに会う事が楽しみになった。だけどアンバーは、厄介な客を連れて来たのだ。
「おい、猫ー。そっち行ったら危ねえって…。」
「…。」
「あ」
それは初対面で握手を蹴った、沙羅と名乗ったあの男。アンバーに見せた時の顔はあの時の笑顔とまったく変わらなかったが、僕を見つけるとあからさまに怪訝な顔をした。少しは学習したんじゃないか。

 * * *

ここでは珍しい猫にはしゃいで、好奇心で追いかけ回したのが間違いだった。潜り込もうとしていたぼろの裏小屋は今にも崩れそうで危険だった。だけどその中にはもっと危険な奴がいた。確かに奴の生活は謎だらけだったけど、俺は知りたいわけじゃなかったのに。むしろもう関わりたくない、関わるまいと思っていたのに。積み上げられた本の間から一瞬だけ覗いた、目障りなものを見るような目つきで睨んだあの日より少し痩せた奴の顔。逐一神経を逆なでする奴だ、爆発する前にさっさと去ってしまおうと猫を抱きしめた。
「おら、ここに居ると食われちまうかもだぞ。こんなジメジメした場所じゃなくて、明るい外に出ような。」
僅かな皮肉を含ませて背を向けると、猫がいきなり暴れ出し腕から落ちた。
「あ、こらっ」
しなやかに着地した猫ははや足で奴の元に寄り、奇麗な声で「ニャー」と一鳴きした。まるで日課の挨拶のように。猫が奴の元によることも驚いたのに、奴は猫に気付くと一撫でし、自分の携帯食を割って渡したではないか。そして猫に見せる顔は随分と優しく、多分教官も施設のみんなも誰も見た事の無い奴なりの「笑顔」だった。驚いた。驚き過ぎてしばらく呆然と立ち尽くしてしまった。それに気付いた奴は顔を上げたが、やはり俺には目を合わせる事無くフイと顔を反らした。むっとしたがようやく足が動いた。とりあえず猫は諦めてその場を去る事にした。猫は、呼んでも来なさそうだったし…。
「沙羅、どこ行ってたんだよ。もうすぐ飯だぞ。」
「おう。」
あの小屋は、これからの季節厳しいだろう。奴の足元に丸められていた薄布、あれを布団の代わりにしているんだろうか。味気のない携帯食は、猫には不味そうだ。

 * * *

意味が分からない。それとも深い意味なんてないのかもしれない。少しは賢くなったなんて、随分買い被った。あの男は恐ろしく頭が悪いんだ。小屋の前に積まれた2枚の毛布と、缶詰、牛乳。とりあえず邪魔で出れないから焼却コンテナにでも突っ込もうかと思い持ち上げると、奴が仁王立ちで現れた。
「捨てんな。」
「…邪魔だ。」
「自惚れんな、それはお前のじゃねえ。毛布も缶詰も、全部あの猫のもんだからな。」
「猫の飼い主は僕じゃない。飼育したいなら持っていけ。」
「そうしたいのは山々だけど、あの猫頑としてお前の傍離れようとしねえんだよ。俺は猫が好きなんだ。凍死させたら絶対許さないからな。」
どう許さないのか。お前が組み手で僕に一度でも勝った事があったのか。頭の悪い言葉を吐くだけ吐いて、奴は去った。構わず捨てようと足を伸ばすと、アンバーの嬉しそうな声が聞こえた。
「…。」
裏切り者。

 * * *

焼却コンテナの中に毛布は無かった。その代わり、空になった缶詰が捨てられてあった。お節介は自分の十八番、だけども今日それがジタバタとあばれまわりたいほど嬉しく感じた。緩んだ頬を隠しきれないままくるりと振り向くと、そこには機嫌のよさそうな猫がチョンと座っていた。今日は近寄っても逃げない。それも嬉しく感じて手を伸ばすと、ザラザラの舌が手に触れた。
「うわ、ツナ臭え。そうか、あの缶詰お前が食べたんだな。」
奴の口には入らなかったかと少し落胆するも、猫が顔を近付けても傷付けないよう奇麗に蓋のフチを取り除いた缶詰の残骸には嬉しくなった。猫もご機嫌で、礼を言うように高く鳴くとあの小屋に帰っていった。小屋を少し覗くと、暗闇でよく見えなかったけども厚い毛布が動いたのを見てもう感無量だった。これで凍死する事も無いだろう。あとは枕もやりたいところだけど、それは猫にというにはあんまりにも不自然すぎるから、しばらくはこのままで様子を見るとしよう。冷えた心を溶かして「俺がお前の友達だ」なんて冷めたことを言うわけでもないし望んでもなかったけど、ただ猫が懐くあいつの優しさに興味があった。しばらくは、缶詰とミルクを届けてやろう。しかし律儀な奴だ。外に放り出されたミルク瓶は奇麗に洗ってあった。牛乳くらいは、飲んでくれたのかな。





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