進化論04







「また黄雅に振られちゃったー。」
「当然だっつの。いい加減執務中に邪魔すんのやめてやれよ。」
「邪魔なんて失礼な。僕の愛情表現だよ。」
「過剰なな。」

あれから2年後、施設での成績上位者から精鋭養成所に引き抜かれた。常にトップだったハルナとなんとか上位を保っていた俺はその養成所に行き比べ物にならないくらいハードな訓練を強いられた。それから何年かして同じような境遇で入って来た黄雅にハルナが一目惚れし、養成所を卒業して実際の執務に就かされた今まで猛烈なアタックをかけていた。過剰な愛情表現に黄雅もいい加減慣れてきて、まんざらじゃないように見えてきていた。誰もが喜怒哀楽の激しいハルナを普通だと思っていたけれども、時折怯えるように固まった表情で、震える手を伸ばし手探りを始める時があった。そんな時は決まって成長の止まった自分の手を、あの頃の倍くらいに大きくなった手が彷徨いにくる。額を合わせて手を握り、ベットではなくて床に敷いたタオルケットの上で一緒に眠ると落ち着きを取り戻した。今はほとんど安定してその一緒に眠る回数も徐々に減っていき、仲間と呼べる俺以外の支えができた。これから先もうふらつく事もないだろう。寧ろ感情を剥き出しにする事で自分の身を守って、俺は「支え」から「仲間」に。それが寂しくもあったし、嬉しくもなった。

「沙羅妬いてるの?僕は沙羅も大好きだよ。」
「誰が妬くか。これやるから静かにしてろっ。」
「うえ、いらないよ。」
持っていた執務の仕事を半分押し付けると嫌そうな顔をしたけれども暇なんだろ、と押すとしぶしぶ手ごろな椅子に掛けてのろのろと目を通し始めた。これで少しは静かになるか、と遅れた仕事に手を戻そうとすると、ハルナが一際高い声で呼んだ。
「さ、沙羅!」
「んだよっ、ちょっとは大人しく…。」
驚愕した顔で窓の外を見るハルナに、文句を言いつつも好奇心につられて窓から顔を覗かせた。そこには見慣れた大きな桜の下に、棚引く白い綺麗な毛並みの

「アンバー!?」

叫ぶと猫は一瞬だけ振り向き、懐かしい琥珀色の目がぐっと細めて、長く良く透る声でニャーンと鳴いた。
「アン…ッ」
「沙羅危ないって、う、わ」
身をぎりぎりまで乗り出した俺にハルナが止めようとしたが、誤って二人とも窓から転落。一階でよかった、ひねった首を押さえながら急いで桜の下をみると、もう猫は走っていってしまった。
「アンバーの…子供かな。」
「少し小さかったね。」
転げ落ちた時に足が絡まったまま、お互いポカンと猫の去った方向を見ていた。威厳あるその桜はあのアンバーの墓標にした桜と同じ種類で、春には毎年負けないくらい立派な花を咲かせている。命日にはいつも二人で施設まで帰って墓参りをしていたが、月命日はこの桜の下で黙祷していた。あの猫はアンバーの子供だったかもしれない。全くの他種かもしれない。ただ白くて、琥珀色の目を持っただけであの猫と被せるのは自分のビブリーを傷つけたくないからで、でも毎年備えるツナの缶詰の礼だと姿を見せてくれたものだと信じたい。我ながら少女趣味だろうかと思うが、猫の去っていった方向をぼんやりと、でも嬉しそうに見つめ続けるハルナもきっと似たような思考を巡らせているんではないか。俺の視線にハルナが気付くと、すっと微笑んで「戻ろうか」と絡まった足を解いて伸ばした。

桜の時期は遅く、既に新緑が広がり花を鮮やかに散らせていた。
じきにハルナとの初めてあった月がやってくる。
痩せこけたちびっこい身体も今は逞しく伸び、無愛想に伸びた口は閉じることを知らないほどよく笑うようになった。ただ奇麗で大きいけども目つきの悪いタレ目はそのままで。あの日振り払われた手は弱さを知り、ちゃんと差し伸べる支えを躊躇う事無く受け入れる事が出来ている。

「沙羅?行こうよ。」
握った手はあの頃と少しも変わらず冷たいままなのに、ハルナの手にじっくりと体温が伝わっていくのを感じて、強く握っているのは今はもう自分の方だと
今はこうして自分の前に差し伸べる手を見て、苦笑せずにはいられなかった。





それから数年後、白い猫の眠る桜のある街を
俺達はこの手で潰しはじめた。





進化論 完
01/02/03/04/







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